院長ブログ
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2015年3月2日「職員全ての耳をアンテナに、常に患者さまの声を聞きます」

 私たちは病院の理念「私たちは断らない医療を実践し、みなさまの健康と尊厳をお守りします」に従い、7つの基本原則を定めています。その一つに「職員全ての耳をアンテナに、常に患者さまの声を聞きます」があり、いろいろな方法を使って患者さんの声を聞く努力をしています。今回はその一端を紹介します。

 毎年、外来患者さん、入院患者さん、職員を対象に「満足度調査」を行っています。今年度の調査では外来患者さん232人、入院患者さん400人の方から有効回答を頂きました。全体的に非常に高い評価でしたが、なかでも「良い医師がいる」、「他の医療機関からの紹介」、「医療施設や設備が良い」等の項目で他の調査病院よりもはるかに高い得点を得ました。一方、「駐車場が広い」、「交通の便が良い」、「待ち時間が少ない」等の項目では他病院の平均よりも劣る評価でした。交通の便が悪いのは、私たちの努力では如何ともしがたいことですが、他の2点については努力をしていきます。特に外来での待ち時間に関しては、すぐにでも更なる改善に努めたいと思います。具体的には、病診連携を強化し当院での診察が必要な患者さんに限って診療する、待ち時間の間に声掛けをする、検査をもっと効率化する等です。

 自由意見では、お褒めの言葉を多く頂きましたが、業務改善の参考になるご意見もありました。「多くの問診表を手渡され、細部まで時間をかけて記入しても医師が十分読んでいないことがある」、「駐車場が混雑する午前中は人を多く配置するなど工夫する必要がある」、「職員の中にタメ口で話す者がいる」、「おおよその入院費が予め分かるようにして欲しい」、「救急入院したがベッドがなかなか空かず外来で待たされた」など、できるものから改善していこうと思います。ことに患者さんにとって重要な「おおよその入院費が予め分かる」については、現在でもカテーテル検査や治療の場合はお知らせしていますが、他の主要な検査入院や手術入院などについても4月からでも行う予定です。

 従来から患者さんの声を頂く意見箱を設置していることはこのブログでも書きました。先日、急性脳梗塞で入院された高齢の患者さんの家族の方から次のようなお手紙を頂きました。「この度は、義母が大変お世話になり、ありがとうございました。発症時、救急隊からでなく一般人の私からの電話にもかかわらず、電話交換手の方は丁寧にすばやく救急外来に取り次いでくれました。また、救急外来の方も快く引き受けてくれました。最初に電話した他病院では、救急の受け入れをしぶられ、交渉している間に義母の意識レベルが低下し、徳島赤十字病院に電話しました。今回のことを通じて、貴院の目指す“ことわらない医療”が末端まで浸透し、実践されていると実感しました。今後の皆さまの益々のご活躍と、病院のさらなる発展を心よりお祈り申し上げます」。

 私たちはこのような感謝と励ましの言葉を頂くと、自分たちの行っている医療に誇りを感じ、次へのエネルギーとすることができます。これからも行き届かない点へのご意見はもちろんですが、励ましの言葉も頂けたら大変うれしく思います。

2015年2月2日「本当のおもてなしは相手を思いやる心から」

 1月4日付の朝日新聞「声」の特集は“日本の宝”でした。その中で若い中国人留学生の投稿に目を引かれました。日光を訪れた彼女には、東照宮や美しい紅葉が印象的でしたが、文化遺産や名所は「やっぱり中国の方が」と思ったそうです。そして、日本の宝とは?と考えた時、「秩序」という言葉が浮かんできたと書いています。どこに行っても綺麗に並ぶ、エスカレーターでは片側を空ける、洗面所では一定の距離を保ち黙って順番を待つ。古代から礼儀大国として知られている中国にもない、秩序とお互いを尊重しあう気持ちこそが日本の宝だと述べています。

 東京五輪招致のプレゼンテーションで滝川クリステルさんが「お・も・て・な・し。それは訪れる人を心から慈しみお迎えする意味です」と述べて、日本人には相手を思いやる心が溢れていると強調しました。しかし、私は最近、本当にそうだろうかと疑問に思う場面に何度か遭遇しました。

 昨年の秋、所用で熊本に出かける機会がありました。岡山から新幹線 “さくら”に乗車しました。秋の行楽シーズンたけなわの時期で、自由席の車内は混雑し座れない人も多くいました。広島で3人掛けの真ん中の席が空いたので、座ろうと思って近づくと通路側の席に若い女の人が足元に大きなボストンバックを置いて座っています。またいでいくにはかなり困難があると思ったので「すみません」と声をかけましたが、目をつむり全く反応がありません。2、3度繰り返しても同様でした。仕方ないから、無理をしてまたいで席に着きました。その直後、舌打ちが私の耳に届きました。旅の間ずっと暗い気持ちが続きました。

 やや落ち着いて斜め前の座席を見ますと、窓際の席に私と同年配の気品のある男の人が座っています。カジュアルな服装でズック靴にハンティング帽、気楽に旅を楽しんでいるといういでたちです。彼は読書に熱中していましたが、隣の通路側の席のテーブルには開いたパソコンとお茶のペットボトルが置かれ、座席にはリュックサックがどんと乗っています。私は、多分彼の友達がトイレか何かで席を外しているのだろうと思っていました。しかし、彼が荷物のすべてをまとめて博多で降りるまでその席に帰ってくる人はいませんでした。彼が自分と同世代であり、当然分別を持っているだろうと期待したこと、手の込んだ偽装までしたこと、多くの人が座れずにいるのに平然としていたこと等々が一度に頭に押し寄せ、隣席の若い女性に感じたものよりも何倍も大きい嫌悪感を覚えました。

 このほか、JRで徳島-高松間を行き来する際にも、程度の差はあれ、公共心に反して席を独り占めしたり、大声で携帯電話で話したりする人にたびたび出会い、悲しい気持ちになります。

 私たちは医療というサービス業を行っています。こうした日常生活の中での出来事も教訓にして、当院を訪れる人を心から慈しみ、お迎えする最高の「お・も・て・な・し」をしたいと思っています。

2015年1月5日「今年は先進医療、救急医療に力を入れたいと思います」

 新年おめでとうございます。皆さまは気分も新たに新年を迎えられたことと思います。医療は時間の切れ目なく、24時間・365日連続して行われています。一方で、新たな年を迎えるに当たり、今年1年の大きな目標を掲げ、それに向かって進んでいくのも意義があることと思います。当院の今年の目標は、先進医療を進めることと、救急医療を充実させることです。

 先進医療に関しては、昨年12月に四国で初のTAVI(経カテーテル大動脈弁置換術)を90歳代の男性に施行し、成功しました。TAVIの対象となる大動脈弁狭窄症という病気はごくありふれているのに命にかかわるもので、75歳以上の方の約5%に生じ、その半数の患者さんはいずれかの時点で手術をしなければ突然死や心不全死してしまいます。従来の胸を開いて行う手術は4~5時間かかっていましたが、この方法だと胸を開かず2時間弱で済むため身体への負担が少なく、早期の離床、退院が可能です。もちろん、まだ新しく特殊な技術であるため様々な課題もあり、今のところ対象となるのは開胸手術が困難な患者さんのみです。しかし、今まで“年だから”、“他にも病気を持っているから”とご自身で諦めていた方や、医師に“開胸手術は無理”と言われていた方にも治療への大きな道が開けたと思います。

 また、外科領域や婦人科領域の内視鏡手術もさらに普及させ対象臓器を広げたいと思っています。当院消化器外科の内視鏡手術は、県内はもちろん、全国的にも屈指の症例数と技術を誇っています。虫垂炎や鼠径ヘルニアは特殊な場合を除き、お腹を開ける手術ではなく、患者さんの身体的負担が少ない内視鏡手術で行うようになり、入院期間も3~4日に短縮されました。婦人科領域でも多くの疾患で内視鏡手術を行っていますが、子宮体癌に対する手術も行えるよう環境を整備していくつもりです。その他、肺、泌尿器、脊椎領域等の内視鏡手術も症例数の増加と施行領域の拡大に努めたいと思います。
さらに、移植医療にも力を注ぎたいと思います。当院は現在、生体腎移植、骨髄移植の施設として認定されており、移植の必要な患者さんの大きな支えになっています。今年は更に施行数を増やし、一人でも多くの方が元気に社会復帰するお手伝いをしたいと思っています。

 今年のもう一つの目標は救急医療の充実です。県の救急医療にドクター・ヘリが導入され、遠隔地の救急患者さんのために役立っています。当院も年間130余名の方を受け入れています。しかし、ヘリが運航できない日没から夜明けまでの時間帯やヘリの運用に適さない近距離や市街地にも同じような救急医療の需要はあります。当院には2台の救急車両がありますが、これまでは人員不足のため、病院間の患者搬送のみに使用していました。今年からは、医師、救命士が同乗して出動し、現場で蘇生や治療等を行う本格的なドクター・カーの運用を考えています。もちろん、スタッフの訓練や関連機関等との協議も残されていますが、積極的に運用していきたいと思っています。

 今年も“断らない医療の実践”のみならず、徳島でも世界最高水準の医療が受けられ、急病になってもいつでも適切な医療が受けられる病院として、様々な機能の充実を図っていきたいと考えています。

2014年12月1日「”医者の不養生”!?医師ってどうしてこんなに忙しいのだろう?」

 医師は忙しい職業といわれます。しかし、具体的にどんなに忙しいのか、一般の方や他職種の人には想像がつかないと思います。私は管理職に就いた今も比較的忙しく過ごしていますが、臨床にどっぷりの時代はさらに忙しい日々を過ごしていました。今回は、当院の研修医や若手医師の日常風景を紹介します。

~若手医師Xのある日~

 外来担当の朝。本日も予約患者さんでいっぱい、忙しくなりそうだ。気合を入れていこう!あっという間にもう10時、これまでは順調な流れで良かった。心配していた心不全のA男さんは元気だったし、検査成績も良好。何より、何より。次はB子さん・・・あれ!今日は着物か。そういえばB子さんは老後の楽しみに日本舞踊を習っているって言っていたなあ。この方の不整脈は良性のものだし、症状が少し強いが多分大きな問題はないだろう。心電図も問題なし、血液検査も異常なし。症状も落ち着いているとおっしゃる。じゃあ、身体を診察させていただこう。「すみません、心臓の音を聴かせて下さい」「先生、ちょっと待って下さい。着物を取りますから」「B子さん、心臓の音が聞けたらいいですから、前をはだけるだけでいいですよ」「先生、この着物はちゃんと脱がなければ、前がはだけられないのですよ」足の触診をするのに足袋も脱いでもらわねばならず、お腹の触診にも時間がかかった。着物って脱ぐだけでなく、診察が終わってから着るのにも時間がかかるし-。女の人の着物姿を見るのは大好きだけど、診察にはもっと簡単な服で来て欲しいなあ。結局、B子さんのために20分かかってしまい、すっかり後の患者さんを診るスケジュールが狂ってしまった。たいへんだ。もっと気合を入れて頑張らなくちゃ。

 そうこうしているうちに正午前。一段落して医局近くのトイレへ。むむっ、既に誰か入っているのか、ドアが閉まっている個室がある。出来たら誰もいないトイレで何の気兼ねもなくゆっくりすっきりさせたいけれど、病棟回診の時間が迫っているし、仕方ない。出勤前に家で済ませたいけれど、昨夜も帰りが遅かったから、今朝はギリギリまで寝ていて、お腹に違和感を感じながら病院に出てきたんだよなあ。あれ!PHSが鳴り出した。病棟からだ。こんな時にやめてよ~。声を出したら僕が用を足していることが隣に分かるじゃない。でも鳴り止まない!仕方ない、出るか。「(小声)もしもし・・・後から掛けなおすから。急ぐの?様態が悪いからすぐ来てくれって?ハイ分かりました・・・」そういうことで、今日も中途半端ですっきりできず。うう、こんなことを続けていたら本格的な便秘症になってしまう。

 そして、夜。今日も忙しかった。お腹も減ったし、晩御飯を食べよう。病院の周囲には行き慣れたお店もなく、外に出るのも面倒。今日も手っ取り早くコンビニで間に合わそう。おでんに鶏の唐揚げ、おにぎり。いつものパターンだ。患者さんには「バランスのとれた食事を」、「塩分の多いものはダメ」、「変な油を使ったものはダメ」って言っているけど、これでは僕が生活習慣病へ一直線。ああ、何とかしなくっちゃ。。

2014年11月4日「足利・室町時代の阿波武士の夢の跡をめぐる」

 今年の読書週間は10月27日から11月9日です。読書は人生を豊かにしてくれることを以前にもこのブログに書きました。私は今、阿波に関係の深い三好一族が登場する歴史小説を読んでいます。それは「剣豪将軍義輝」(宮本昌孝著)で、日本経済新聞の何でもランキング「読書の秋にお薦めの歴史小説」(9月13日付)で2位になったものです。歴代の足利将軍の中で3代義満につぐ器量人で剣豪とも言われた13代足利義輝の壮烈な生き様を情感たっぷりに描いています。

 「剣豪将軍義輝」の時代背景は、応仁の乱の後、京・畿内で細川晴元、伊勢貞孝、三好長慶、松永久秀等が入り乱れての勢力争いを繰り広げていた頃で、三好一党の本拠地である阿波の情勢が詳しく書かれています。阿波公方と呼ばれていた足利義冬、義栄親子に松永久秀が働きかけ、義輝暗殺を目論む場面は結構面白いものです。阿波(平島)公方館跡は現在の阿南市那賀川町にあり、その近くに阿南市立阿波公方・民俗資料館ができており、阿波公方の資料や屋根瓦等を展示しています。私も訪れたことがありますが、乱世の一端を実感できます。館の一部は当院の近くの地蔵寺に移設され残っていますし、阿波公方の1人で14代将軍である義栄をはじめとした一族の墓は阿南市の西光寺にあります。

 織田信長が登場するまでのこの時代、畿内をほぼ制圧し「日本の副王」とも呼ばれ、事実上の天下人であったのは三好長慶(ながよし)です。彼は三好四兄弟(他に三好実休、安毛冬康、十河一存)の長男で、阿波を根城にして勢力を広げました。畿内制圧後は、本拠の阿波を十河一存に、淡路を安毛冬康に、讃岐を十河一存の弟達に治めさせます。「剣豪将軍義輝」のなかで、長慶は実力者でありながら道徳的に主家を完全追放できない男、三好実休は兄を助ける義理堅い男で教養人、安毛冬康は冷静沈着な策士、十河一存は鬼十河とも呼ばれた武闘派として描かれています。初期は結束が固く、力を合わせて畿内を制覇していくのですが、三好家家臣である松永久秀の謀略で疑心暗鬼となり、瓦解していきます。その一部が十河一存の居城である勝瑞城を舞台に“忍び”の暗躍として語られています。勝瑞城は藍住町勝瑞にあったもので、現在発掘調査が進んでおり、三好家の菩提寺である見性寺が本丸跡との説があります。城は長宗我部元親の四国制覇の一環で消失・廃絶したと言われています。周辺には土塁跡や本丸の水郷があり、屈強・勇敢と言われた阿波兵士の夢の跡がしのばれます。

 十河一存の十河城跡は高松市十河地区にある称念寺として残っています。この城も四国平定を意図する長宗我部元親軍と激しい攻防を繰り返したことで知られています。私の生まれた阿波市土成町秋月にも秋月城跡があり、この時代に長宗我部軍によって攻め滅ぼされました。戦国時代末期に阿波に本拠をおいた三好一族の繁栄と衰退を身近な史跡に伺うのも一興です。

2014年10月1日「病院の縁の下の力持ち」

 皆さんは、病院ではどんな職種の人達が働いているかご存知ですか。医師、看護師はスッと思い浮かぶと思います。薬剤師、検査技師、放射線技師、栄養士も大抵の方はご存知です。理学療法士、臨床工学技士、言語聴覚士、視能訓練士になると少し印象が薄くなってきますが、ここに挙げた人たちは全て国家資格保持者であり、医療従事者や病院勤務を志す人にとってはある程度馴染みのある職種です。しかし、病院はこれらの人達だけでは運営できません。ましてや私たちの理念「断らない医療を実践し、健康と尊厳をお守りする」を実践することは到底できません。今回は、あまり知られていない「病院の縁の下の力持ち」となって働いている人達を紹介します。

 最初は施設管理に従事する人達です。病院に来られたすべての人が快適な環境下で診療を受けられるよう、環境整備を行っています。室内温度を調節したり、エレベーターの不具合はないか、照明は暗すぎたり明るすぎたりしないか、窓は汚れていないか、便座の温度は適温かなど、多くの項目を16名のスタッフで日々24時間点検し、不具合があれば直ちに調整修理を行っています。また、省エネ・省資源にも気を使っています。病院の電気代は月々約1,400万円かかり、その上に冷暖房費が750万円必要なのです。彼らは「必要なものを我慢するのでなく、小さいものでも不必要なものは節約して経費削減とエコに配慮する」ということを職員に啓発しています。さらに、血液などが付着した消耗品や注射針等の“医療廃棄物”を適正に処理します。

 次に診療情報管理士です。患者さんの診療経過を記載する診療録(カルテ)は病院にとって最も重要な記録です。この診療録を管理するのが診療情報管理士で、当院には6名の専従者がいます。入院患者さんの診療録は、退院後に診療情報管理士が全ての記録を監査します。必要な項目に記載漏れはないか、不適切な表現はないか、検査や手術の説明と同意が適切に行われ記録されているか、退院時要約(サマリー)は作成されているか、主病名は正しく選ばれているかなどをチェックし、不備があれば医師等に是正を求めます。年間15,000余人に上る退院患者の診療録は、彼らの監査を経て初めて完成したものになります。さらに、この診療録を元に統計を作成します。診療科ごとに、どのような病気の患者さんが何人入院したか、再入院率や死亡率あるいは剖検率等の患者統計データをウェブサイトに毎月公表しています。また当院で治療を行った年間1,200余人のがん患者さんには院内がん登録を行い、がん拠点病院として集計データを国立がんセンターに報告しています。最近増加してきた診療録の開示では、提供する記録のチェックや準備を行うのも彼らの仕事です。

 この他にも、患者さんをお待たせしないよう入院費や外来診療費を迅速に計算・請求する医療業務に従事している人達がいます。また、患者さんや連携病院の先生方が私たちの病院にどういう診療を求めているか、どうしたら効率的な病院経営ができるかを調査・企画し、病院の羅針盤の役割を果たしている企画担当の人達も病院にとって欠かせない人材です。こうした人達が縁の下の大きな力となって病院は前進しています。1,000余名の職員一人一人が、「私がキーパースンである」との自覚を持って日々業務を行っているのです。

2014年9月1日「戦国の山城を訪ねて」

 NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」の視聴率が上がっています。私も毎週日曜夜の放送を心待ちにしている1人です。ドラマでは、信長、秀吉、家康を始めとした多くの戦国大名が色々違った視点から描かれているところに惹かれます。学会や会合のために訪れた土地で、戦国武将たちがこよなく愛し、執着した城を訪ねることが私の楽しみです。中でも山城は、彼らの天下取りの覇気が直接伝わってくるようでその場に立つだけで感動を覚えます。

 最も印象深いのは岐阜城(稲葉山城)です。油売りの行商から下克上によって戦国大名に成り上がった“美濃の蝮”の異名を持つ斎藤道三。彼の居城は典型的な山城です。ロープウェイを使うと約3分で天守まで登れますが、それでは当時の人達の苦労が味わえないと思い、いくつかある登城道の中で最も平易な七曲口(大手道)から登りました。約450年前に信長やルイス・フロイスが登ったと言われている道です。天気の良い初夏の午後、標高329mにある天守まで約2kmの結構険しい道を、約1時間かけて汗だくで息を切らせながら登りました。こんな道を通勤(?)させられていたのだから、当時の武士たちの足腰が丈夫なのも納得できます。徒歩での登りはたいへんでしたが、天守閣から見下ろす岐阜の街並みや美濃平野、長良川の雄大さは、戦国の支配者たちの優越感を十分満足させるものであることも実感できました。帰りはもちろんロープウェイでした(笑)。

 次に印象深い城は信長が誇った安土城です。もちろん城はなく発掘された城跡です。大津での学会の際にJR東海道本線の安土駅で降り、駅前でレンタサイクルを借りて訪れました。10分くらいで安土山の麓に着きましたが、途中の道の両脇は青々と茂った水田でした。その昔、「楽市・楽座」でにぎわい、秀吉、光秀、勝家らを始めとした信長の家臣や全国の戦国武将たちが行き来した場所です。当時はどんなに賑やかだったのだろうと思いおこさせる風景は“兵どもが夢のあと”との芭蕉の句そのものでした。大手門口を入ると石段があります。途中に石仏(一説には墓標)を使った石段が現れます。伝え聞いていましたが、実際に目の前にしてみると感慨深いものです。民衆が心のよりどころを仏教に求め、因習にとらわれていたあの時代に、石仏を使って石段にした信長の合理主義、大胆さにびっくりします。山上の”天主”閣跡からは琵琶湖が一望でき、天下布武の息遣いが肌で感じられました。

 戦国の世から太平の世に落ち着くに従って城も変わってきます。清洲城のような居館と城を兼ね合わせた館城から岐阜城のような山城に変化し、大阪城に代表される平城へと移行し、戦いの場から民衆を治める役所へと変わってきました。しかし、私は戦国武将の息遣いが感じられる山城が好きです。近くでは岡山県高梁市にある備中松山城が、美濃岩村城、大和高取城とともに日本3大山城として有名です。休みにご家族でハイキングがてらに訪れ、汗をかいてください。

2014年8月1日「“ハイブリッド手術室”を活用して更に高度な医療を行いたい」

 5月に四国初のハイブリッド手術室が完成し、順調に運営されています。“ハイブリッド手術室”とは少し聞き慣れない言葉ですが、複雑な手術と同時に、カテーテルを使った治療もできる手術室のことです。空気清浄度を増した環境や無影灯といった通常の手術に必要な機器・設備に、最新鋭の血管造影装置を併設しています。モニターは3台設置し、部屋のどこにいても画像が観察できるようにしました。頭の手術も必要、カテーテルを使った腹腔内出血の止血も必要といった、多発性外傷のような最も複雑な治療を想定しています。循環器内科、脳神経外科、心臓血管外科、放射線科、麻酔科などの医師や技師、看護師など多数のスタッフが自由に活動できる場所が必要なため、通常よりはるかに広いスペース(70.55m2)を確保しました。

 ハイブリッド手術室では、循環器内科の心房中隔閉鎖術や不整脈に対するカテーテル・アブレーション、脳神経外科の頸動脈ステント留置術や脳動脈瘤コイル塞栓術、心臓血管外科の大動脈瘤ステント留置術などが既に100人近くの患者さんに施行されています。今、この手術室を使う治療で最も期待されているのは、カテーテルを使った大動脈弁植え込み術(TAVI;タビと略されています)で、高齢者に多い大動脈弁狭窄症という心臓弁膜症が対象になります。これは血液を心臓から全身に送り出す大動脈弁が老化や動脈硬化で固くなって開きにくくなり、十分な血液が重要な臓器に行き渡らなくなる病気で、重症になると失神、狭心症、心不全等を起こし、心臓突然死に至ることもあります。私事ですが、私のごく近親者もこの病気で苦しみながら亡くなりました。

 通常は胸を開けて人工弁に取り換えることにより、症状は無くなり命も長らえることができます。しかし、高齢者に多い病気のため、体力的に手術に耐えられない方や、余病を持っているため手術の危険度が非常に高く、手術を断念する方が数多くいます。カテーテルを使った大動脈弁植え込み術はこうした方々にも治療の道を開きました。高度な技術と種々のスタッフによるチームワークが必要なため、国は非常に高いハードルをいくつも設け、それをクリアした病院にのみ保険治療を認めています。そのハードルの一つがこのハイブリッド手術室の設置でした。

 現在、私たちもカテーテルを使った大動脈弁植え込み術の認可を申請しています。順調にいけば年内に四国で最初の患者さんに治療が行えるのではないかと期待しています。循環器内科医、心臓血管外科医、麻酔科医、看護師、技師たちが“ハート・チーム”を立ち上げ、入念な研修や準備を行っているところです。

2014年7月1日「私の朝の風景」

 私は、毎朝5時過ぎに起床します。最近は日の出時刻が早いので明るいのですが、冬は夜明けには程遠く澄みきった空に星の光が輝いていることもあります。患者さん達にも勧めているように、私も血圧を測定し手帳に記載しています。日頃から減塩食を心掛けているので、120/mmHgを超えることは滅多にありません。その後、シャワーを浴びてやっと頭も覚醒します。体重を測定、血圧手帳に併記します。体重は上限を67kg(体格指数;BMIにすると25とやや高めですが、ちょっと小太りの方が健康だという私にとって都合の良い論拠を採用しています)と定め、100g単位で調整します。たとえば、67kgを100gでもオーバーしていたら、その日の献立、特に夕食でカロリーが高いものは控えるようにしています。この試みは結構長続きしていて、ここ10年来体重はほぼ一定です。6時過ぎに湯豆腐、レタスを中心にした野菜サラダ、焼き魚の3品と少量の白米の朝食を摂ります。6時半にはNHKのラジオ体操で一汗流します。その後、歯磨きをしながら3紙(朝日、日経、徳新)に目を通します。面白いと思った記事は別にしておき、夜ゆっくり読んでいます。

 ベランダや庭先の草花に水やりをして出勤します。自宅から病院までは近道を通れば約10分で到着するのですが、小松島港に回り道をして、しおかぜ公園を1周し、遊歩道を通って病院に向かいますので、約25分かかります。この朝の徒歩通勤は私の密かな楽しみの1つです。港に出ると水平線上に朝日を臨めます。今の時期の太陽は港の北にある灯台辺りに北上し、かなり天空まで登っていますが、冬は和田島の自衛隊基地よりまだ南まで下がっています。12月になると港に着く7時位が日の出時刻に重なり、美しい朝焼けを眺めることができます。こうして定点で臨む太陽が季節の移り変わりを感じさせてくれます。

 また、途中で顔なじみの方々に出会い、声掛けするのも楽しみです。家の近所では犬の散歩に行く女子高生や90歳は越していると思われるがお元気な女性とあいさつを交わします。遊歩道では朝早くから多くの人達がウォーキングを楽しんでいます。「紫陽花がきれいですね」や「今日は寒いですね」といったあいさつで心が通じる気がします。何日か出会わないと“病気でも—”といらぬ心配をしてしまいます。

 7時半前後に病院に着くと、既にボランティアの方々が車いすの整頓を、ビルメンテナンスの方達が掃除をして下さっています。いつも感謝の気持ちを込めて「おはようございます。暑いですね」などとあいさつします。その後、2階の救急受付に行き、忙しかった勤務を労い、前夜の救急患者の数や変わったことがなかったかを確認します。30年来の習慣で3階のカテーテル室に足を向け、緊急カテがなかったか、その日のカテ検査やステント治療の計画を確かめるようにしています。院長室では電子カルテを開けて、イントラネットで今日の行事予定やベッドの状況、どんな患者さんが昨夜入院したかを確認しています。その後、メ-ル等のチェックをします。8時10分になりました。さあ、朝の管理者ミーティングから本日も業務開始です!!

2014年6月2日「職員皆の努力で“断らない医療”を行っています」

 当院の理念の主柱は“断らない医療”です。今回は、断らない医療を行う上で重要なベッド調整をどのように行っているかをお話します。

 例えばある日、朝の時点で入院患者さんの数が408名、入院予定の方が31名でした。通常この他に十数名が緊急入院します。退院予定は33名となると、ベッド数405床の当院は「今日は空きベッドがない」と入院をお断りするのが普通です。しかし、その日の夕方には予定入院・緊急入院、全て入院でき、かつ夜の緊急入院のために数ベッドが空いていました。この『魔法のような』ベッド調整は看護副部長を中心に看護師長が行っています。これは、看護師がベッドの空き具合や患者さんの入退院を最も把握しているためです。当院の看護師は赤十字基本原則に裏打ちされた“奉仕”の精神が強く、自分たちに負担がかかっても、入院する必要のある患者さんにはあらゆる努力をしてベッドを用意します。自分たちの病棟に空きベッドがあれば、専門外の病気の方でも積極的に引き受けます。多い日は100件を超す退院後の部屋の掃除や入院患者さんのためのベッドの作成を、看護助手は例え夜中でも迅速に行っています。医師も上述のようにベッドが少ないときは、病状の安定した患者さんに退院あるいは転院をお願いする努力を厭いません。事務部門の職員も、急に決まった退院、転院の入院費等の事務処理を迅速に行っています。

 当院では毎朝8時過ぎから、院長、副院長(3名)、看護部長、事務部長、薬剤部長、検査部技師長、放射線科部技師長の9名が集まって、前日の報告、本日の予定等を話し合っています。また、以前にもこのブログに書きましたが、全医師を集めて“朝のミーティング”を毎朝10分程度行っています。この会を行う主要な目的の1つに、その日のベッドの状況を医師全員が把握することがあります。現時点での入院患者数、空きベッド数、入院予定数、退院予定数、集中治療室(ICU)や救命救急病棟の混み具合を医師にも認識してもらいます。空ベッド数を念頭において退院、転院の調整をするよう私から全医師に依頼します。しかし、その際にも入院の入り口は絶対狭めてはいけない旨を話します。

 夕方には医師8名を中心にした夜間の救急チームが発足しますが、業務開始時に全職種の人達が集まってスタ-トアップ・ミーティングを行っています。この場でも当直看護師長から、現時点での院内ベッドの状況が報告され、全員が把握します。当院の電子カルテには「患者速報」のプログラムがあります。このソフトは情報システムのスタッフが作成したもので、病棟ごと、診療科ごとに入院患者数、退院患者数、空きベッド数が刻時に表示されます。これを経営部や病棟設置の端末で確認することで、ベッド状況が瞬時に分かります。

 このように限られたベッド数を有効に使えるのは、断らない医療を実践しよういう職員全員のモチベーションと患者さんたちのご理解とご協力、転院等を快く引き受けてくれる連携病院のおかげであると深く感謝しています。

2014年5月2日「映画の薦め」

 私がこの病院に赴任した35年前は小松島に映画館があり、時々見に行っていました。当時は徳島市にも籠屋町などに多くの映画館があり、いつも賑わっていたものです。しかしこの頃は、北島町のシネマコンプレックスまで足を運ばないと映画が見られません。寂しい限りです。それでもシニア割引を活用して、最近では『名探偵コナン』、『風立ちぬ』、『かぐや姫の物語』などのアニメ映画に始まって『のぼうの城』、『少年H』、『小さいおうち』と結構足しげく通っています。

 ただ、いつも思うのは原作を上回る感動を与えてくれる映画は少ないことです。そんな中で私が一番感動し、原作をはるかに超える感動をくれた映画があります。それは野村芳太郎監督の『砂の器』です。結構多忙であった研修医時代に島根県・松江の映画館で初めて見て涙しました。その後もその感動が忘れられずに映画館やレンタル・ビデオで何回か見ました。幼少期にハンセン病の父親とともに北陸の片田舎を追い出され、迫害を受けながら過酷な放浪の旅を続けた加藤剛演じる天才音楽家・和賀英良--彼が自らの過去をこの世から消し去るために恋人を流産させ、実父を見捨て、恩人の警察官を殺してまで栄光の頂点にたどり着こうとした宿命の物語です。

 松本清張の小説も良かったのですが、映画はハンセン病を宿命的なものとして描いており、人は誰もが何らかの宿命的なものをもって生きているというストーリーで共感・感動を呼んだと思います。さらに、映画に出てくる風景を初めとした映像美や、この映画のために作曲された『宿命』と題するピアノと管弦楽のための組曲の素晴らしさが映画の質を原作の何倍にも高めていました。特に印象深いのは、丹波哲郎扮する刑事が和賀英良を追及する切っ掛けとなった殺人事件の被害者の警察官(緒形拳)の言葉が出雲弁だと分かり、“特急やくも”に乗り米子を通過するシーンです。大山をバックに素晴らしい山陰の風景が画面いっぱいに広がり、周りの観客がオーというため息を発したことを40年以上経った今でも覚えています。最終章で大島青松園と思しき施設に入所している父親(加藤嘉)が、訪ねてきた刑事に片時も忘れなかった息子の写真を見せられたとき、“おおおおら、そそそんな人、ししし知らねぇぇぇ!”と叫びます。その言葉がしばらく私の頭の中でぐるぐる渦巻いて困りました。

 5月はすがすがしい季節です。屋外の催しを楽しむのも良いのですが、疲れた時や何かに感動したいときには映画館を訪れたり、名作映画をDVDで楽しむのも一興です。できたら「砂の器」も見て私の感動にお付き合い下さい。

2014年4月1日「新しく私たちの仲間になる皆さんへ」

 3月は旅立ちの季節でしたが、今月は歓迎の時季です。今年も67人の新しい仲間を迎えることができ、職員の数は1,000人を超えました。新しい仲間たちに、私から歓迎のメッセージを送りたいと思います。

 皆さん方の若く活き活きとした姿や表情を見ると、「よし、この人たちのためにも頑張ろう」と自らを励ます力が体の中から湧いてきます。多分、職員全員が同じ気持ちだと思います。皆さん方は私たちに活力を与えてくれています。ありがとうとお礼を言います。

  医師や看護師を含め医療に携わる者には、物事を客観的に見て的確な判断を瞬時に下す能力が要求されます。これからこうした訓練や教育を先輩たちからしっかり受けて下さい。ただ皆さん方に求められることは、これだけではありません。何より大切なのは病気を抱える弱い人たちの気持ちを理解し、思いやるという人間としての優しさです。皆さんの両親や祖父母の年齢にあたる方が、皆さんを「心から頼りにしています。信頼しています」と言ってくださるのです。こうした人たちに応えるために仕事に誇りを持ち、内面の充実度も高めてください。時間があれば良い本を読み、感動する映画を見に行き、他人の話に耳を傾け、政治や経済にも興味を持ち、人間としての感性をより磨いてください。

  昨年11月から病院の理念を“私たちは断らない医療を実践し、皆さまの健康と尊厳をお守りします”としました。急な病気で救急外来を訪れる患者さんの不安な気持ちを思いやり、受け入れることこそが私たち赤十字人の基本理念である「人道・博愛」に通じる行動だと思います。私たちはこの理念を職員一丸となって今後ますます充実・発展させていこうと考えています。

 皆さんは若いのです。大きな目標に向かって、失敗を恐れず、色々考えることよりもまず一歩前に踏み出してください。理化学研究所の小保方晴子研究員が発表した新万能細胞「STAP(スタップ)細胞」は現在強い疑念にさらされていますが、その真偽はともかく、そんなはずはない、できない、不可能だと皆が諦めていた中に新しい可能性を見出した点では特筆すべきものと思います。3つや4つの失敗を恐れず、その失敗の中から小さな成功の芽を見出してください。いわゆる常識にはとらわれない柔軟な心をいつも持ってください。

 私はこの病院が好きです。徳島赤十字病院が大好きです。好きだからこそ35年もこの病院で働いているのだと思います。皆さんにもこの病院を好きになって欲しい。この病院で働いて良かったと心から思って欲しいのです。もちろん、多忙でありストレスの多い現在の状況がそれを満たすものとは思っていません。皆さんは徳島赤十字病院の“家族”になりました。私は家族の長として、皆さん方に働き甲斐のある職場を提供する義務があります。ただ、私や経営部の者だけでは実現できません。一緒になって、どこにも負けない職場を作って行きましょう。

院長プロフィール
ひあさ・よしかず
ひあさ・よしかず
1973年鳥取大学医学部卒。同大学付属病院にて臨床研修後、徳島大学大学院卒。北九州市小倉記念病院循環器科医長を経て、87年小松島赤十字病院(現・徳島赤十字病院)第三循環器科部長、2002年副院長、2011年より院長。医学博士。日本のカテーテル風船治療の草分け的存在である。